タイトル

LGSA by EIOS 開室記念 LGSA カンバセーションズ #1
ポスト・エビデンス時代のストリート—センター街からスクランブル交差点へ

出演者

千葉雅也、大山エンリコイサム

日時

2026年2月21日(土)

会場

LGSA by EIOS
〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町11 – 6 DAGビル 401号

千葉雅也さんは2015年の論考「アンチ・エビデンス—90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い」において、社会や物事に残された曖昧さやグレーさが、原因や責任の追求を可能にする明証性=エビデンスにより塗り潰されていく当時の様子を「エビデンシャリズム」と名づけ、警鐘を鳴らすとともに、自身が当事者として経験した90-00年代の渋谷のストリート文化を特徴づけるさまざまなエレメントの批評性—刹那的なフレグランスの散逸、不安なコーディネートの実験、ジェンダーイメージに関わる逸脱—をそこに対置し、パフォーマティブな問題提起を行なった。それは当事者による参与観察をベースに、インターネットおよびSNSが段階的に普及した20年ほど、おおよそ平成の中央にあたる時代をとおして起きた社会心理の変化を、都市空間と情報空間を同時に視野に収めて分析した、優れて挑発的なテクストだった。

千葉さんの観察は、おもにセンター街を流行の発信地とするガラパゴスな日本のストリート文化を対象としたが、渋谷はまた、もうひとつのストリート文化の中心でもあった。ニューヨークを発祥地とするストリートアートである。千葉さんが前者から抽出したエレメントは、後者にもエコーする。すれ違いさまに察知されるフレグランスの刹那性は、深夜の路上に噴霧された、エアロゾルスプレーの音と匂いのエフェメラルな気配でもある。様式化以前のさまざまなコーディネートの実験は、手本を欠いたまま、見様見真似にレターを崩して組み合わせるスタイルの探究や、既製品をカスタムして画材へと転化するテクニックにつうじている。そして盛られたヘアスタイルの「頭空っぽ性」は、かつてボードリヤールが、意味のコードから外れた色とかたちの戯れであるストリートアートを「からっぽの記号」と呼んだことと無関係ではないだろう。

トライブ性を共有しつつ、両者には差異もある。ストリートアートはセンター街のような特定のエリアにたむろう代わりに、都市を横断して散逸的なネットワークを形成する。ライターはメディアの注目を避け、エビデンスを残さずに逃走し、不可視の匿名性にとどまろうとする。またリスクや危険がつきまとい、依然としてマスキュリニティが支配的な文化である反面、エスニシティにおいては今日の多様性をはるかに先取りしていた。こうした差異や一致を含みながら、ふたつの「ストリート文化」が90-00年代の渋谷でずれ重なり並存していた事実は、2026年の視点から振り返るとき一定の示唆に富んでいる。そこに見え隠れしていたモダンとポストモダンの混在する感性は、都市空間では大規模な再開発が同時多発し、情報空間ではシンギュラリティが間近とも言われる現在進行形の風景において、どう延命しているのか。もしくは息絶えているのか。

実際にここ数年のあいだ、千葉さんが「アンチ・エビデンス」で提起した論点は、新たな位相に突入している。人工知能の実用化によって、形式的な社会的手続きはほぼ全面的に自動化していくことが予見されるなか、かつてエビデンシャリズムが追放しかけた「判断」が、人間に残された唯一の役割としてあらためて脚光を浴びつつある。他方で、生成AIを利用したフェイク画像の氾濫は、トランプ米大統領に象徴されるポストトゥルース的な状況に拍車をかけ、エビデンスとされる素材の正誤判断、いわばエビデンスのエビデンス性までが精査の対象になるという一種の無限後退を引き起こしている。同時に、常態化した経済の低迷や格差拡大の危機感が増すなか、エビデンシャリズムの背後にあったリスク回避の思想こそが最大のリスクという実感が若年層を中心に広がり、リスクを踏まえてアクションをする新たな行動主義のような試みが散見される。

こうした一連の様相は、エビデンシャリズムの後退や失効ではなく、その脆弱性や複雑性の発覚をともなうさらなる前提化、インフラ化、あるいはこう言ってよければ自然化であり、その意味で令和の日本はポスト・エビデンスの社会ではないだろうか。そのときストリート文化にどのような可能性があるのか。渋谷が若者から外国人観光客の街になって久しい。最大のシンボルはセンター街以上にスクランブル交差点である。信号が変わるたびに多国籍な歩行者が一斉に溢れだし、スマートフォンをかざして都市の映像的なすれ違いを文字どおり映像に収める様子は、さながら路上の噴霧器のようである。その新たな空虚さには、まだ未発見の批評性があるのか。それとも渋谷のストリートからは、すでに文化の手触りは消失してしまったのか。本トークでは千葉さんをゲストにむかえ、以上の問いを枠組みのひとつとし、都市と文化のこれからの関係を探りたい。