展示概要

- タイトル
-
The New Beginning —2000年代の渋谷におけるライブペインティング
- 開催日時
-
2025年10月30日(木)―2026年4月5日(日)
- 会場
-
LGSA by EIOS
展覧会ステートメント
大山エンリコイサム
平成中期、2000年代の渋谷のクラブシーンは、私がライブペインティングを活発に行なった場所であり、活動の原点のひとつである。
終電の東横線で渋谷に向かう。年齢を伏せてクラブの受付を通過し、手頃な壁にケント紙を貼って、朝までペイントをする。始発で帰宅し、2時間ほど休んで大学に行くという日々のサイクル。当時の私にとって終電は、大学のあとの「もうひとつの時間」の始まりであり、クラブは「深夜の放課後」の舞台だった。若者が集まれる、輪郭の定まらないオルタナティブな空間が、渋谷には多くあった。
令和の現在、若者の街の代名詞だった渋谷から若者が消えたと言われる。その理由として、2010年代以降、若者の出会いやコミュニケーションが現実の都市からインターネットに移行したこと、そして渋谷そのものが再開発により、観光客とオフィスワーカーの街になったことが指摘されている[1]。たしかに、風景は変わった。しかし、それは断絶なのだろうか。
アメリカの社会学者シャロン・ズーキンは、都市のオーセンティシティ(真正性)について「由来 Origin」と「新しい始まり New Beginning」という概念を唱えた。前者はもともとの地域らしさ、後者は外部の資本や移住者がもたらす力学である。それらは対立しつつゆっくりと融合し、オーセンティシティは少しずつ更新される。新しい始まりは、やがて次の由来となる。この観察は渋谷にも当てはまるだろう。
平成の渋谷と、令和の渋谷。単純なグラデーションではなくても、そこには融合や包摂を介した連続性がある。宮下公園はMIYASHITA PARKとなり、新旧ふたつの横丁に挟まれている。渋谷リバーストリートには、かつて地上を走った東横線の高架橋跡が残されている。駅前の整備により、西口の象徴だったモヤイ像は約200メートル離れた広場に移設された。目を凝らせば、そこかしこに記憶のかけらがある。
渋谷は変わった。そこには、「終わり」と同時に「新しい始まり」がある。あるいはまだ、次の物語へと移るサイクルの途中かもしれない。終電から始発までの時間が、輪郭のあいまいな「放課後」だったように、時代の移り変わりは渋谷の新しい姿をまだはっきりとは示せていない。では当時の若者が大人になり、いまの渋谷でなにができるか。記憶のかけらを集めて、新しい渋谷につなぎ留めることはできるだろうか。
LGSA by EIOSの初回展示のテーマを「2000年代の渋谷におけるライブペインティング」とした。これまでと、これからの渋谷。その「新しい始まり」に重ねて、かつて渋谷で行なわれたライブペインティングの記録を、いま公開し、あらためて検証すること。それがLGSA by EIOSという新しいプロジェクトの出発点になること。そうして、都市と個人の時間のサイクルが共振すること。
LGSA by EIOSが開室する桜丘町は、私にとってよく知るはずの渋谷で、あまり知らないエリアだった。以前は駅からのアクセスが優れず、訪れる機会が少なかった。この「知っている」と「知らない」の揺らぎは、「終わり」と「新しい始まり」のうつろいに響き合う。LGSA by EIOSにとって桜丘町は、新しい渋谷の姿をかたどる大切な拠点となるだろう。
これは個人的な回想にとどまらない。当時渋谷がクラブ文化の中心となるなか、モジュール、ウーム、エイジア、ブエノス、シムーン、セコバー、エアー、ミルク、ナッツ、ゲーム、ファミリー、オルガンバー、エッグマンなどで、多様なペインターがライブを行なった。個人の活動はつながり、ライブペインター同士のネットワークが形成され、職業意識やジャンルとしての自意識が育まれていった。
その流れは、一方では野外音楽フェスや企業とのコラボレーションなど、ライブペインティングをよりメジャーな領域に押し上げた。他方ではライブペインティングが主体のイベントが組織され、その可能性をより実験的に探究する独自のアプローチが試みられた。渋谷だけでなく、関東、そして全国のペインターが交流し、2000年代から10年代にかけて各地で切磋琢磨した。
本展では、3つのモニターを用いて当時の様子を紹介する。ひとつめは、私個人が渋谷のクラブで行なった複数のライブペインティングをまとめた映像である。ふたつめは、2006年に渋谷で3回行なわれたライブペインティング主体のイベント「HUOVA」の映像である。3つめは、2008年の野外音楽フェス「センス・オブ・ワンダー」からの映像である。それぞれの詳細は、別途解説を参照されたい。
本展で紹介する映像は、2000年代の渋谷のクラブシーンやそこで行なわれたライブペインティングのほんのわずかな断片でしかない。同時に、その熱気や雰囲気をたしかに伝える時代の証言でもある。それが過去を懐かしむ「由来」にすぎないのか、未来の文脈をつむぐ「新しい始まり」の糧になるのかは、これからのLGSA by EIOSの活動をとおして見定めたい。
[1] 谷頭和希「渋谷がもはや「若者の街」じゃなくなった深い理由」東洋経済オンライン、2023年12月20日9時40分